2016年5月11日水曜日

5月10日、本 : 水の家族 / Book : Water Family, 10th of May, 2016

目次 / Contents
1) 購入動機 / Purchase Reason
2) 感想 / Review


1) 購入動機 / Purchase Reason

三浦しをん (1976 -)さんが丸山 健二 (1943 -) 作品を好きになったきっかけの本が
『水の家族』と知り、また、私の作品制作のテーマが "なので、この本を
読みたいと思いました。
三浦しをん作品については下記

鎌倉図書館から、この本と丸山 健二 作
『雨のドラゴン』(1973 / 河出書房新社 →1979 / 角川文庫) を借りました。
丸山 健二 氏と『雨のドラゴン』については下記

『水の家族』の幕開け部分 
(P.26 - 32) を読んだ段階で、私の心に、ピタッとくるものがあり、装丁も好きでしたので、この本は買おう!と決めました。

P.27には
"私は終わったのでなく、始まったのだ"
という文章があり、これは再生の物語と推測し、自分の世界とのリンクを感じました。

 "作品の発想の殆どが水をイメージしたものです。
水の姿には氷、雪、雲、雨の状態があり、小川、川、湖、海の姿もあります。
その姿をかえてゆく資質に魅かれていますし、水に“癒し”“再生”の力があるとも信じています。"
と書いています。

私には、ファンタジーについて一つの考えがあり、それは黄泉の国の水を通して(経験して) 再生するというものです。

それがこの物語の中にあるのではないかと想像しました。

結果としては、期待と違うイメージ (内容) でしたが、本は買って正解でした。
『水の家族』
丸山 健二 (1943 -) 
1989 / 
文藝春秋→ 2006 / 求龍堂
誕生日旅行に持って行ったので、かなり痛んでしまいました。

悲しい...自分のガサツさが恨めしい...。

この本は丸山 健二 作家活動40周年を記念して、
名作復刻「再生復活版」として同時刊行された3冊の中の一つでした。
"再生復活版とは、原本をそのまま再現したのではなく、
作家による再構成を施した新生版"
求龍堂からの説明があります。
[2冊は『三角の山』(1972 / 文藝春秋→ 2006 / 求龍堂)
『赤い眼』(1974 / 文藝春秋→ 2006 / 求龍堂)]


"Water Family"
By  Kenji Maruyama (1943 -)
1989 /Bungeishunjū  → 2006 / Kyuryudo 
I took this on my Birthday Trip, so it is worn‐out.
I am sad and I regret my rough personality.... 

This was republished to celebrate the 40th anniversary of 
Maruyama being a novelist, along with two other books.
"Water Family" was not just reprinted but also revised by Maruyama.
The other two were 
"Triangular Mountain", 1982 / Bungeishunjū→ 2006 / Kyuryudo 
 and "Red Eye", 1974 / Bungeishunjū  → 2006 / Kyuryudo.
暗い色のカバーをとると鮮やかな水色の本体が見られます。
栞は、アズールカラーです。

After removing the dark colour dust-jacket,
we can see the bright colour body.
The page marker is an azure colour.

Purchase Reason

 I found out that a popular Japanese author Shion Miura (1976 -) came to like the works  of Kenji Maruyama (1943 -) by a chance reading of "Water Family": "Mizu-no-Kazoku" and the theme of my work is "Water", so my curiosity became suddenly excited.
About Shion Miura' s works below.

I borrowed "Water Family" and another of Maruyama's works, "Rain Dragon" : "Ame-no-Dragon" (1973 / Kaowaideshobo- Shinsha→1979 / Kadokawa), from Kamakura library.
About Kenji Maruyama and "Rain Dragon", below.

However, when I read opening part of "Water Family"(P.26~32), I felt something click with me and I like the binder so I decided to buy it.

A phrase on page 27, 
"I did not finish, I just started" (translated by myself),
so I guessed this would be a story of recovery.

My home page says, 
"My ideas usually come from water. 
I am interested in water. Different forms of water are ice, snow, cloud, rain and I would add streams, rivers, lakes and sea. 
I do believe water has powers of healing and recovery."

A thought I have is about a fantasy world in which a character goes through or experiences water in the 'Nether World'.

So I imagined the story has this.

Consequently the story is not as I had expected, although I think my buying was correct.



扉は表紙のフルカラー版
本文中にも素敵な写真が載っています。
残念なことに装丁家も写真家も表記されていません。
写真は作家撮影だと推測します。

Title Page
This is a full coloured version of the cover.
The text of the book has a few lovely photographs.
Unfortunately the names of binder and photographer are not in the book.
I guess the photographs are by the novelist.


2) 感想 / Review

最初から最後まで、サブタイトル風の一行と本文複数行の繰り返しで構成されています。

このような構成や単語の選び方、表現、世界観は詩の世界を感じさせ、主人公がその世界を体験することで再生し癒されることで、ファンタジー文学でもあるように思います。

また、真名鶴(マナヅル)は女性の肢体を、忍冬 (スイカズラ) は女性の香りを、竜は男性の凶暴性を、亀は黄泉の国への使者を、私には象徴してるように思え、そこからファンタジー文学が匂ってきます。

真名鶴は、ほかに、遠い地まで飛行する渡り鳥の意味も含まれ、この物語では、違う世界へ、もしくは死への世界への旅たちも感じます。

読書中、死の世界ということから
リンドレーン Astrid Anna Emilia Lindgren (1907 - 2002) 
ミオよ、わたしのミオ
(原書、1954 / 日本語版、1967/岩波書店→2001岩波少年文庫
はるかな国の兄弟
(原書、1973 / 日本語版、1976→2001岩波少年文庫) を思い出し、
死後の世界と水から、
水の子どもたち
(原書、1863  / 日本語版、1996 / 偕成社文庫)を思い出しました。
水の子どもたち』については下記

どの本もファンタジー文学にあたるので、『水の家族』には確かにその要素が含まれているのでしょう。(私の読書がファンタジーに偏っているので、思い起こす本がファンタジー文学になるのかもしれません)

ただ私がイメージするファンタジー文学と『水の家族』は、ずれる部分があり、『水の家族』は、寧ろ幻想小説と言うべきなのかもしれません。(幻想小説というのも違うかもしれません...?)

人によってはファンタジー小説も幻想小説も同じに捉えるのかもしれませんが、私にとっては違います。

その違いをここでは、書きませんし、私の文章力、思考力でははっきり書ききることはできないかもしれません。

どこに組み込まれるかは大して重要なことではないのかもしれません.....、カテゴリーはどうであれ、この作家の独特の世界を感じます。

物語は主人公の一人称で語られますが、この主人公は物語の幕開けすぐに絶命し、彼の魂は体を離れ、浮遊し、視点は浮遊する彼の魂にあります。

その後この物語は、主に、全知の視点と一人称視点がまざりあい、彼の家族一人一人について語られて行きます。

私が読んだ、死人が語る話は、乙一 (オツイチ / 1981 -) 氏の
夏と花火と私の死体
(1996 / ジャンプジェイ ブックス 集英社 →2000 / 集英社文庫があり、それを読んだときは衝撃的な手法に思い、乙一 氏のアイディアを新鮮に感じました。

でもその形式は、1981年出版の『水の家族』で成されていたことだったのですね。

『水の家族』で、主人公の魂が体をぬけて、自然界に融合する初期部分 (P.26~32) が、私はとても好きで、彼と一緒になって自然界に、水に、溶け込んでゆく気持ち良さを感じました。

けれども、残念ながらその気持ちは、最後までは続きません。

読み続けるうちに、私が感受する世界は淀んで行きます。

浮遊する魂は、'草葉町'と'餓鬼岳' (ガキダケ) の水の領域に限られています。

草葉町からは、'草葉の陰'という言葉を連想し、墓、あの世とその連想は続きます。

餓鬼という言葉は、主人公の生前の罪、妹との姦淫 (カンイン) を示唆しているのでしょう

妹の'八重子'という名のみ明かされ、ほかの家族は、祖父、父、母、兄、弟、義姉と表現され、語り手の名でさえも出ていず、彼にとって、妹が妹の存在でなく、女性としての'八重子'であったことがわかり、彼にとって'八重子'の重要性もわかります。

固有名詞を厳選して使用したり、特有の構成をしたり、同様の言い回しや同じ数字を続けて三回使用したり、作家の形式美 (または様式美)を感じます。

主人公の語りには、彼の祖父や父親については、尊敬の念と憧れの気持ちがまざっていますが、母親と義姉に関しては冷たい目線で見下して語られています。

私は祖父に対する描写が最も好きです。

龍好きの私なので、'龍の凧'が彼の内面と呼応しているところが嬉しい。

家族描写に不穏さを感じるので、その家族と具体的に距離をおいて暮らしている祖父に私は安堵感があります。

また自分の凶暴性を苦悩し、それを穏やかな方法で解決しようと努力する人間性が好きです。

八重子が赤ん坊を連れて頼ったのも彼で、彼女は天性の勘で祖父が最も頼れる人格であることを見抜いていたように思います。

八重子は知能が少々低いようなのですが、もちろん、身も蓋もないようなこのような言い方はされていず、愛情をもってそれがわかるように表現されています。

彼女は、主人公にとって、幼く、愛おしく、色っぽく、逞しい、作家にとっての女性の理想像のようにと感じられます。

こうのように感じてしまうので、この作家の女性に対するイメージに偏見が含まれていると察しられ、その部分がどうしても好きになれません。

浮遊する魂は、家族の人間臭い面を知り、己のマイナス面はそれほどでもないと確認し、彼としては、もしくは作家の目論見としては、主人公は浄化され癒され、成仏してゆくのです。

己の気持ちとして浄化されたのですから、そこに矛盾は感じませんが、主人公は、未熟なまま、自己陶酔のままであったと感じます。

この作品は、主人公の死が全体に流れてはいますが、八重子の赤ちゃん(主人公との子供ではない) が生の象徴として描かれています。

また、自然界の生ある生きもの、花粉のような小さなものまで含めて、力強く描かれています。

総合して、死の陰は薄く、生命力の強さの方がまさっています。

少なくとも私にはそう感じられました。

作者は、人間はあまり好きではないけれど、自然は大好き!と私は思います。

先に '私が感受する世界が淀んでくる' と書きましたが、その原因は作者のこの、人間嫌いに由来するものではないかと私は考えます。

この作家の五感、加えて霊感をも含め、それらを言葉で紡ぎ出す彼の技量や言葉の選択のセンスは素晴らしい!

すごい作家さんだな〜と思います。

けれども、この作家のある部分が私とは相容れないので、読書中になんども嫌悪感を抱きました。

彼の作品を多くは読みたいと思いませんが、他の作品への興味は失ってはいません。

私にとって、丸山 健二氏の作品は、不思議な魅力があります。
表紙全形 
自分の'シダ'のリトグラフ作品()を思い出します。

Whole Cover 
It reminds me of my lithograph work 'Fern', below

Review

From the beginning to the end, the structure repeats one sentence, like a subtitle and followed by some text. 

This structure, the selection of the words, the representations and the story's view of the world give us the feeing of poetry and the main character had experiences of the world and he became healed and recovered, which made my idea that this is a fantasy literature.

And also for me  'White-naped Crane' is a smbol of women limbs, 'Peach' and 
 'Japanese Honeysuckle : Suikazura' are symbol of women's fragrance, 'Dragon' is 
a symbol of men's savagery and a symbol of a messenger from the nether world so there is something fishy about the fantasy literature.


The Crane is a migratory bird which flies to a distance place so I imagine a journey to a different world, or death in this particular story.

While I read the book, it reminded me of another the books :
"Mio, My Son"(1954) and "The Brothers Lion heart" (1973) 
by Astrid Anna Emilia Lindgren (1907 - 2002) from the image of the land of the deceased, anda book : "Water Babies" (1863) by Charles Kingsley (1819 -1875).
About "Water babies" below,

All these books are in fantasy literature, so "Water Family" should have elements of fantasy literature. (This might be because I tend to read fantasy literature.)

However, I would class this as 'illusion literature' rather than 'fantasy literature'.
(I am not sure even 'illusion literature' is.) 

Some people think they are the same, although for me, they are different.

I would not write here about how they are different and I might not be able to write clearly about the differences.

It might not matter which category it is placed in, anyway I feel the unique world of the novelist.

The novel is written in the first‐person who is the main character, however, he passed away in the beginning of the story, his spirit was floating, after then the novel is narrated by the floating spirit.

Thereafter the story carries on from the view point which are mixture of the first‐person with the omniscience about each person in the family.

I had read a book, "Summer, Fireworks, and My Corpse" (only in Japanese, 1996 / JUMP j-BOOKS of Shueisha→2000 / Shueishabunkoby Otsuichi (1978 - ) which is narrated by a dead person and when I read it I felt  the shocking style and the idea was new.

However, the style had already been done in the book, "Water Family" (1989), hadn't it?

In the "Water Family",  I do like the part of the beginning  (P.26~32) when his spirt moved out from his body, I felt comfortable with the spirt which unites the natural world and water after the floating.

However, unfortunately the feeling didn't last until the end.

While I read, I picked up that the world was stagnating.

The spirit inly floated in 'Kusaba Town' (
'
草葉町') and 'Gaki-mountain'('餓鬼岳).

For me 'Kusaba Town' is associated with graves and the afterlife.

The word : 'Kusaba'  (
草葉) often expresses something figuratively in Japanese.

I feel that 'Gaki-mountain' ('
餓鬼岳') suggests to the readers that the main character has the sin of 
fornication with his younger sister.

 'Gaki' (
餓鬼) means a Preta : a Hungry Ghost in Japanese.

The narrater only tells us the sister's name 'Yaeko', other family members are described, his grandfather, father, mother, elder brother, a elder sister in law, younger brother, even the narrater does not show his name, so I understand for main character the younger sister was a woman rather than his sister.

In the book, it makes a strict selection of proper noun, a characteristic structure, repeats three times similar sentences or the same number then I feel the novelist's beauty of form.

The main character views about his grandfather and his father included respect and admiration, although about his mother and sister in law he narrates through cold eyes and he looked down on them.

I do most like the depiction of his grandfather.

I love a dragon, so I have a good feeling about a 'dragon kite ' which agrees with the grandfather's inside.

The depiction of the family made me disquieting, so I felt at ease with the grandfather who lives at quite a distance from the family.

And also I like his personality in that he tried to solve his brutality with a calm approach by his effort.

Yaeko could depend on him with her baby and I think she distinguished instinctively that she could depend most on this person in her family.

Yaeko seems to be a little an intellectually weak, of course the writing is not to outspoken, the representations about her are warm although the reader could understand. 

For the main character, she is childlike , sweet, sexy and vigorous and I feel she is an ideal woman for the novelist.

I feel like this, so I can guess the novelist's thoughts about women are prejudiced so 
I cannot stop my feeling of dislike about part of him.

The floating spirit found out that the aspects of his family are quite human, he confirms his own negative parts which are not bad and for him or for the aim of the novelist, the main character is purified or healed and then he attains Buddhahood.

He was purified by his feeling so I do not feel inconsistency, though I feel he is still immature and self-absorbed.

Yeako's baby, who was not with not her brother,  represents a symbol of life, on the other hand the story surrounds the death of the main character.

Moreover, living things in the natural world, even tiny things like a pollen, are depicted vigorously.

Overall, the shadow of death in the story is weak, the life force is much stronger.

At least I feel like that.

In my view the novelist does not like  humans so much, however, he loves nature!

Formerly I wrote 'I picked up the world which was stagnating', I think this came from the novelist being a misanthrope.

The skill of the novelist makes the sentences for the five senses as well as his inspiration and his sense in selection of the words are wonderful!

I think he is a great novelist.

However, some parts of the novelist and me do not match, so I often felt aversion while I read the book.

Therefore I would not read so much of his work, although I am still interested.

For me, Kenji Maruyama's works have mysterious appeals.

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